福岡高等裁判所 昭和55年(ネ)30号 判決 1980年12月16日
控訴人(附帯被控訴人) 東海カーボン株式会社
控訴人補助参加人 合成化学産業労働組合連合東海カーボン労働組合
被控訴人(附帯控訴人) 山本和也 外一名
主文
一 控訴人(附帯被控訴人)の控訴及び被控訴人(附帯控訴人)らの附帯控訴に基き、原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人(附帯控訴人)らが控訴人(附帯被控訴人)の従業員たる地位を有することを確認する。
三 控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)山本和也に対し金一三一五万七二二〇円と昭和五五年一月二一日以降毎月二五日限り月額金一七万二九六〇円を、同浦本憲二に対し金一二九一万五二八〇円と右同日以降毎月二五日限り月額金一七万〇八一〇円を、それぞれ支払え。
四 被控訴人(附帯控訴人)らのその余の請求を棄却する。
五 原判決の仮執行宣言に基く給付の返還として、被控訴人(附帯控訴人)らは控訴人(附帯被控訴人)に対し、それぞれ金七〇万円を支払え。
六 控訴人(附帯被控訴人)の原判決の仮執行宣言に基く給付の返還についてのその余の申立を棄却する。
七 控訴費用中、補助参加によつて生じた分は第一、二審とも控訴人補助参加人の負担とし、その余は第一、二審(附帯控訴を含む)を通じてこれを五分し、その四は控訴人(附帯被控訴人)の、その一は被控訴人(附帯控訴人)らの各負担とする。
事実
一 控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」もしくは「控訴会社」という。)は、「原判決中控訴人勝訴部分を除きこれを取消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)らの本訴請求及び附帯控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び原判決の仮執行宣言に基く給付の返還として、被控訴人山本和也に対しては金二七〇万七八七一円、同浦本憲二に対しては金二六六万三五九〇円の各支払を求め、被控訴人らは「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決及び附帯控訴として請求を拡張して「原判決主文第二項を次のとおり変更する。控訴人は、被控訴人山本和也に対し金一三八五万七二二〇円と昭和五五年一月二一日以降毎月二五日限り月額金一七万二九六〇円を、同浦本憲二に対し金一三六一万五二八〇円と右同日以降毎月二五日限り月額金一七万〇八一〇円を、それぞれ支払え。」との判決を求めた。
二 当事者の主張及び証拠関係は、左記のほか原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決一〇枚目表一〇行目に「一〇月二〇日」とあるのを「一〇月二日」と訂正する。)であるから、これを引用する。
(被控訴人らの当審における付加陳述)
1 特別災害補償協定の最低保障的性格
本件特別災害補償協定の性格について控訴会社は種々述べるけれども、これが現実の救済、保護に利益を有するのは、まさに被災労働者の故意・過失・年齢・家族構成・収入等の個別的事情を問わず一律に支給される点にあり、その意味で最低保障の性格を帯びるからである。もし、これを控訴会社主張のように「現実の救済、保護」の口実のもとに特別災害補償協定以上の上積み補償を請求しえないとしたなら、現実問題としては補償協定額をもつて最大限の補償とするということになり、被災労働者の個別的事情は一切捨象され、その不当性はより一層明白となる。被控訴人らは右特別災害補償協定の存在の意義については十分これを承認しているところであり、しかも、被控訴人らの解釈は法理上も正当であつて、組合員の利益擁護を第一義とする組合の追求すべき目標とも一致こそすれ、相反することは全くないのである。
2 補助参加人組合の被控訴人らに対する統制権行使の不当
(一) 補助参加人組合は被控訴人らの「守る会」参加を統制違反に問擬したが、「守る会」自身は当初竹内の遺族を励ますという極めて人間的な情愛から生れたもので、その参加者も控訴会社の元従業員もしくは現従業員に限られていた。控訴会社に関係のない第三者が参加したのは、被控訴人らの除名が顕在化して後のことである。そして、竹内労災裁判を支援するといつても、「守る会」の会員一、二名が裁判を傍聴したにとどまり、これをもつて統制違反を云々するのは非常識である。これら「守る会」の結成、裁判傍聴あるいは労働協約六三条の意見表明等の微々たる活動によつて、被控訴人らは控訴会社に対し何ら名誉毀損等の重大な損害を与えておらず、また補助参加人組合に対しても何らの支障を及ぼしていないのである。
したがつて、この段階での「守る会」ないし被控訴人らの言動は何ら統制処分の対象とならず、被控訴人らが補助参加人組合の「守る会」活動ないし竹内労災裁判支援を中止するよう求めた指導、勧告に従わなかつたのは当然である。むしろ、被控訴人らの言動を封殺しようとした右組合の態度こそ問題にされるべきである。
(二) 控訴会社が補助参加人組合に対し、被控訴人らの言動を理由に労働協約改訂交渉を延期させ、かつ協定の締結を拒否していたことは争いのない事実である。勿論かかる不当な圧力に屈服した右組合の反労働者性を指摘することは容易であり、また控訴会社の不当労働行為も明白である。
だが、その点はさておき、客観的にみて、被控訴人らの言動が右の労働協約改訂交渉を挫折させるほど甚大なものであつたかである。被控訴人らの言動をみるに補助参加人組合内部において特段会社や組合を非難する活動を行つたわけでもなく、また、組合外に働きかけ、会社・組合間の労使交渉に不当な影響を及ぼそうとした動きすらない。むしろ、前記のように、特別災害補償協定のそれなりの意義を尊重して、控訴会社の労使交渉への不当な圧力に対しても、真正面から反発することなく、却つてその活動を自省、自重していたのである。そのことは、昭和五〇年四月一七日合化労連オルグの妥協案を受け容れ、「守る会」活動を一時停止することまで約した確認書から、明白にうかがい知ることができる。
とすれば、本件の場合、被控訴人らの存在ないし「守る会」の存在こそが控訴会社にとつて桎梏とされ、また、会社・組合間の誤つた特別災害補償協定の解釈に従わない被控訴人らの内心の自由そのものが問題にされ、ひいては除名の対象とされたのである。したがつて、本件では、組合の団結維持と強化のため認められる統制権の本質に照らし、その発動自体が許されなかつたといわざるをえない。
3 控訴人の当審における付加陳述第3項についての認否
被控訴人らが原判決の仮執行宣言に基く強制執行により、控訴会社から控訴人の当審における付加陳述第3項に記載の各金額をそれぞれ受領したことは認める。
4 被控訴人らが支給を受くべき賃金の訂正追加
原判決三枚目表七行目から同四枚目表一行目までを次のとおり改める。
(一) 控訴会社は毎月二五日限り賃金の支給をなしており、毎年三月二一日付をもつて賃金改訂をなしてきているところ、被控訴人らが昭和五〇年四月二一日以降同五五年一月二〇日までに支払を受くべき未払賃金及び同五五年一月二一日以降毎月二五日限り支払を受くべき賃金の月額は次のとおりである。
(1) 昭和五〇年四月二一日から同五一年三月二〇日まで
被控訴人山本 月額 一三万三八四〇円
一一か月分一四七万二二四〇円
被控訴人浦本 月額 一三万一八〇〇円
一一か月分一四四万九八〇〇円
(2) 昭和五一年三月二一日から同五二年三月二〇日まで
被控訴人山本 月額 一四万三〇三〇円
一二か月分一七一万六三六〇円
被控訴人浦本 月額 一四万一〇八〇円
一二か月分一六九万二九六〇円
(3) 昭和五二年三月二一日から同五三年三月二〇日まで
被控訴人山本 月額 一五万九六一〇円
一二か月分一九一万五三二〇円
被控訴人浦本 月額 一五万二三六〇円
一二か月分一八二万八三二〇円
(4) 昭和五三年三月二一日から同五四年三月二〇日まで
被控訴人山本 月額 一六万五五五〇円
一二か月分一九八万六六〇〇円
被控訴人浦本 月額 一六万三四〇〇円
一二か月分一九六万〇八〇〇円
(5) 昭和五四年三月二一日から同五五年一月二〇日まで
被控訴人山本 月額 一七万二九六〇円
一〇か月分一七二万九六〇〇円
被控訴人浦本 月額 一七万〇八一〇円
一〇か月分一七〇万八一〇〇円
以上(1)ないし(5)の合計
被控訴人山本 八八二万〇一二〇円
被控訴人浦本 八六三万九九八〇円
(6) 昭和五五年一月二一日以降
被控訴人らそれぞれ前記(5)の賃金月額と同額
(二) 控訴会社は、労働組合との協定により毎年夏季及び冬季に賞与を支払つているところ、昭和五〇年度以降同五四年度までに被控訴人らが支給を受くべき賞与は別表のとおりであり、その合計額は被控訴人山本が金三五三万七一〇〇円、同浦本が金三四七万五三〇〇円である(なお、原判決の別表一を本判決添付の別表と改める。)。
5 よつて、被控訴人らは控訴会社に対し、その従業員たる地位の確認と左記金員の支払いを求める。
(一) 被控訴人山本につき、昭和五〇年四月二一日以降同五五年一月二〇日までの未払賃金八八二万〇一二〇円、別表の未払賞与金三五三万七一〇〇円、慰藉料金一〇〇万円、弁護士費用金五〇万円の合計金一三八五万七二二〇円及び昭和五五年一月二一日以降毎月二五日限り金一七万二九六〇円の賃金。
(二) 被控訴人浦本につき、右同期間中の未払賃金八六三万九九八〇円、別表の未払賞与金三四七万五三〇〇円、慰藉料金一〇〇万円、弁護士費用金五〇万円の合計金一三六一万五二八〇円及び昭和五五年一月二一日以降毎月二五日限り金一七万〇八一〇円の賃金。
(控訴人の当審における付加陳述)
1 控訴会社と補助参加人組合間の特別災害補償協定の締結経過とその性格
控訴人と補助参加人組合との間においては、昭和二八年以来労働協約において普通災害補償協定(労働協約六二条)のほかに特別災害補償協定(労働協約六三条)を締結して現在に至つているが、この協定を締結するに至つた趣旨は、労働基準法、労働者災害補償保険法の発足当時まさに画期的な前進とされた法定の補償基準が、その後の急速なインフレの進行に追随できず、被災労働者ないしその遺族の現実の損害填補に十分こたええないものとなり、又使用者に責任がある場合、民法に基いてその全損害額の賠償を求め得るとしても、訴訟によるなど時間と経済的負担とを伴ない迅速な賠償を得ることが困難な事情にあり、被災労働者ないしその遺族の救済、保護に欠ける実情にあることに鑑み、決定の補償のほかに特別補償を取りきめ、迅速かつ公正な保護を期し、その災害填補を十分ならしめるための努力として締結され来つたものである。したがつて、被災労働者らの救済、保護に主眼が置かれて、交渉され、締結されてきているため、それぞれの補償規定の性格、その関係等については深く論議を重ねることなく、ただ逐年その額を増額しながら更新されてきたのである。
その間、昭和三〇年代後半から同四〇年代にかけて、自動車事故の多発から、その損害填補に関する急速な対策、その賠償額の急激な引上げ等、自賠責保険における補償の整備に伴ない、労災補償もまたこれが整備のための論議が重ねられるに至つて、労災保険法も昭和三五年、同四〇年と改正され、その補償額の拡大、年金化となり、これらの事情が社内的な特別災害補償協定にも反映し、その補償額も自賠責保険に追随して、急速な延びを示しているのである。したがつて、この特別災害補償協定の性格をどう規定するにせよ、控訴会社が補助参加人組合に対し、最低補償として押し付ける意図のもとに経過してきたものでないことは明らかである。
ところで、以上の経過が示すように、特別災害補償協定については、労災事故が発生した場合、それが業務上の災害であれば、会社側の過失の有無にかかわらず、又その過失を立証することなく、無条件に迅速に、一定額の補償金の支給がなされるのであるから、会社側に故意又は重大な過失が存するなど特別の場合を除き、協定に定める補償額以上の請求をなすことはできないとする考え方が、当初労使双方にあつたとしても不思議ではない。そしてこれが、各個の労災事故の損害賠償につき訴訟をしないという労使双方の利益のうえに立ち、もつぱら補償額の増額が論議され、協定、運用されてきたことから、その後一定期間の経過のなかに労使双方の一致した解釈として定着してきたのである。法律的に厳格に解すれば、軽過失の場合といえども、労働協約をもつて、その協定以上の個別的な賠償請求権を放棄したもの、又は、あらかじめ示談成立をしたものと解することのできないことは当然であるけれども、労使間に本協定の性格につきそのような法律上の論議がなされたことはない。
2 本件解雇についての控訴会社の不法行為の不成立
(一) かくて、竹内労災裁判の提起を契機として、その「守る会」に参加した被控訴人ら一部組合員の言動は、労使双方間の前記伝統的な解釈に反しており、これでは長年にわたる労使双方の一致した意識に基く特別災害補償協定締結の意義が失われることになるので、控訴会社としてはこのままでは補償額増額のための協約改定に応じることはできないとしたものである。したがつて、控訴会社としては、補助参加人組合と被控訴人らを除名すると否とにかかわらず、同組合がいかなる立場をとるのか、即ち、従前どおり協約によつて一括協定しておく方法をとるのか、あるいはこれを廃棄して個々の労災事故につき協議して賠償額を定める方式をとるのかを協議するの外はないのであるから、補助参加人組合に対しその団体意思を統一して右の選択を求めたものであつて、被控訴人らの除名を示唆するなど全く無意味であり、そのような統制処分を示唆して補助参加人組合に介入したような事実は全くない。
(二) 補助参加人組合は昭和五〇年五月一七日の臨時大会において被控訴人両名の除名処分を決議すると、直ちに控訴会社に対し、労働協約八四条一項に基く中央労働協議会の開催を申入れ、そして同月一九日午前に開かれた中央労働協議会において、補助参加人組合から労働協約二〇条による被控訴人両名の解雇申入がなされたので、控訴会社としては除名理由及び除名手続について詳細な経過と事情説明を受け、同協約二〇条二項により組合と協議した結果に基いて両名の解雇を決定し、同日午後零時一〇分社長室長名で若松工場長に解雇の告知手続をとるよう電報で指示を行つた。
右電報は同日午後一時三九分若松工場に届けられたが、同日はたまたま被控訴人ら申請の解雇発令禁止仮処分申請事件(福岡地方裁判所小倉支部昭和五〇年(ヨ)第一三六号)の会社側審尋期日が午後二時と指定され、若松工場の人事担当者である総務課長竹内康雄及び労働係長屋宮健治がともに裁判所に出頭し、午後三時半過ぎまで審尋を受けていたので、右両名は解雇発令の事実を知らないままであつた。そして、前記仮処分について決定のなされる時期は不明であつたが、控訴会社代理人岩成弁護士の勧めで、裁判所の執務時間である午後五時過ぎまで同弁護士事務所で待機していた。しかし、午後五時三〇分を過ぎても裁判所からの連絡に接しなかつたので、右両名は午後六時過ぎ若松工場へ帰着したところ、前記電報の到着を知らされた。
右両名は早速工場長から解雇告知の手続をとるよう指示されたが、被控訴人らの所在確認に多少の時間を要し、同日午後八時五七分に告知手続を終えることができた。右告知に際し、被控訴人らからすでに解雇禁止仮処分命令の発令があつた旨申出があつたので、屋宮係長において念のため控訴会社及び前記岩成弁護士宅へ電話で確かめたが、いずれも未だ決定の告知を受けていないというので、法的効力の点は後日考えることとして、この場では告知をせざるを得ないと判断して右告知を行つたものである。なお、右仮処分決定正本が控訴会社若松工場に送達されたのは、翌二〇日の午前一〇時一〇分であつた。したがつて、仮処分決定の送達を待つて解雇告知をなすか否かを決することの方がより慎重な態度であるといえるとしても、控訴会社への仮処分決定の送達の有無を調査し未だ送達されていないことを知つた上で告知しているのであるから、仮処分の拘束力を無視したことにはならない。
また、一旦適法になされた解雇告知につき、その後仮処分決定が送達されたからといつて直ちに取消さなければならないものではなく、本案判決の結果を待つて取消すか否かを決すれば足りるのであるから、右仮処分決定にもかかわらず、控訴会社が解雇の意思表示をそのまま維持していることは何ら不法行為を構成するものではない。
(三) 更に原判決は、控訴会社が事前に法律専門家たる弁護士の意見を聞くなど相当の注意をすれば、本件除名処分及び解雇の無効であることが認識できたはずで、これを怠つたことに控訴会社に過失があり、不法行為を構成すると論断するところ、原判決がどの点、どの段階をとらえて問題にしているのか必ずしも明らかではないが、もしそれが本件特別災害補償協定の法律的性格につき意見を徴しなかつたことを指すものとすれば、当時その問題は竹内労災裁判の提起を契機に、労使間においてそれぞれの立場から論議を尽し、労使双方における右協定の理解と意識には径庭がなかつたのであるから、そこにとがめらるべき過失があるとすることは困難であり、また、それが組合の統制権の限界についての趣旨であるならば、控訴会社が組合員の意思統一を求めた当時は、そのため組合が果してどのような方法をとるのか不明であつたから、その段階での意見聴取は無意味であつた。そしてそれが、本件除名処分後、組合からユニオン・シヨツプ協定に基く解雇要求を受けた際、控訴会社がその除名処分の有効無効、換言すれば統制権の限界を判断するにつき意見を聞かなかつたことを指すものとしても、そのため開催された前記中央労働協議会における組合側の説明ないし控訴会社との質疑応答を見るかぎり、控訴会社が被控訴人らの除名、したがつてその解雇もまた止むを得ないとの見解を採つたことは、あながち社会通念に反する判断とはいえず、重ねて法律専門家の意見を求めなければ除名ないし解雇の効力を決しがたいとすることもできず、したがつて、この段階においてもまた過失を認定することはできない。
3 原判決の仮執行宣言に基く給付の返還請求
被控訴人らは原判決の仮執行宣言に基き強制執行に着手したので、控訴会社は次の金額を支払つた。よつて、民訴法一九八条二項により被控訴人らに対しそれぞれ支払金全額の返還を求める。
(一) 被控訴人山本和也 合計二七〇万七八七一円
内訳
(1) 賃金、賞与のうち原判決認容額と仮処分によりすでに受領ずみの金員との差額
一二〇万七八七一円
(2) 慰藉料 一〇〇万円
(3) 弁護士費用 五〇万円
(二) 被控訴人浦本憲二 合計二六六万三五九〇円
内訳
(1) 賃金、賞与のうち原判決認容額と仮処分によりすでに受領ずみの金員との差額
一一六万三五九〇円
(2) 慰藉料 一〇〇万円
(3) 弁護士費用 五〇万円
4 被控訴人らの当審における付加陳述第4項についての認否
仮に、被控訴人らに対する解雇が無効であるとして、両名が支給をうけるべき賃金及び賞与の金額を計算すると、被控訴人らの当審における付加陳述第4項に記載のとおりの額になることは認める。
(控訴人補助参加人の当審における付加陳述)
1 特別災害補償協定についての補助参加人組合の解釈
本件特別災害補償協定が、労災事故による損害賠償請求権について示談的あるいは和解的性格を持つものであることは、昭和二八年同協定が締結されて以来、協約当事者である控訴会社と補助参加人組合との合致した意思であり、両者の間に解釈の相違はなかつた。個々の組合員の私法上の権利である損害賠償請求権を労働組合が対使用者との労働協約において放棄しうるかという点は、困難な問題である。しかし仮にこれが放棄できないにしても、労働組合が、組合員の災害補償を使用者との関係で、迅速かつ上積みとして補償させるために協定額を定め、この額を超えて請求しないことを紳士協定することは許されるものというべきである。この当事者間の合意が、法律評価の面では効力がないとしても、当事者がその合意を事実上履行し、しかもその合意に当事者の利益を擁護する面があれば、かかる合意にも現実的価値を認めるべきである。
補助参加人組合が、本件特別災害補償協定を締結する必要性は、労災事故によつて生じた組合員の損害の補填は、法定の保険給付では低額であつて十分ではないという現実と、損害の完全な補填を全うするには、使用者の過失の立証が容易である場合を除き、訴訟による等かなりの時間と経済的負担を余儀なくされ、迅速適切な補償ができないという現実の矛盾の中にある。かかる現実的矛盾を解決する妥当な策として、補償額を協定しその額で原則的に満足する反面、たえず完全補償を目ざして協定額の増額を要求し、組合の団結力を背景として補償額を全損害にまで引き上げさせるという面に、労働組合の使命と存在価値が認められることとなる。
以上のような現実的必要性より、特別災害補償協定が労使間に取り交わされ、その現実的な機能として、組合員に対する迅速な補償が履行され、組合員の利益が擁護されてきた。協定額が全損害の補填に達していないが故に、かかる協定は組合員にとつて不利益であるとは即断できず、協定額と損害総額の差の不利益と過失の立証を要せず迅速に補償を受けることのできる利益とを比較対照して決すべきことである。
したがつて、補助参加人組合が本件特別災害補償協定を示談的和解的なものとし、これを前提として被控訴人らに対し要請をしたことは適法な統制権の行使というべきである。
2 被控訴人らの分派活動について
被控訴人らは、補助参加人組合の外部に「竹内さんの遺族を守る会」を結成し、公然と右組合の団体意思を批判論難し、竹内裁判の相手である控訴会社に対し、特別災害補償協定の解釈につき、補助参加人組合の組合員である被控訴人らは右協定額に何ら拘束されるものでなく、同組合がとつている協定額に拘束されるという解釈は無効であると公言し、控訴会社に対し、組合との間で右協定が締結されても、被控訴人らはこの協定を遵守する意思のないことを事前表明したものと評価された。
被控訴人らの解釈は、労災事故によつて受けた損害を全部補填すべきことを求める点で、究極において補助参加人組合の目的と合致するとはいえ、全損害の填補の実現困難を現実的に解決するための一過程として獲得した「協定額による補償」という成果を、被控訴人らの性急な全部補償の要求によつて一挙に喪失してしまう結果を招来するという具体的な不利益を受ける現実をみると、被控訴人らの「守る会」活動は補助参加人組合の組合員の現実の利益を著しく損う行為と評価せざるをえず、しかも、組合が再三にわたり、被控訴人らの意思の実現は組合の機関を経由して同組合の意思として行われるよう説得したが、これを聞き入れず、組合外部での行動に固執して分派活動を行つたのであるから、その究極の目的はともかく、統制権の対象となるものである。
(証拠関係)省略
理由
一 当裁判所も、控訴会社の被控訴人らに対する本件解雇の意思表示は無効であり、従つて、被控訴人らは控訴会社に対しなお従業員としての地位を保有しているものと判断するが、その理由は左記に付加するほか、原判決の理由一ないし三(原判決一八枚目裏一一行目から同二七枚目表八行目まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一九枚目表一二行目の「第三三号証、」の次に「甲第五一号証」を、同末行の「第九号証、」の次に「乙第一二号証の一、二、」をそれぞれ加え、その裏三行目の「および原告ら各本人尋問の結果」を「当審証人武田彌幸の証言並びに原審における被控訴人浦本憲二、原審および当審(第一、二回)における被控訴人山本和也各本人尋問の結果」と改める。
2 同二〇枚目裏一〇行目の「同僚組合員ほか外部の者をもまじえて」とあるのを「同僚組合員とその家族によつて」と改め、同二一枚目裏一行目の「上積請求はできないが、」の次に「仮に会社側に過失がない場合であつても一定額の補償が期待でき、しかも訴訟その他の手続を要せず、迅速にその補償を受けることができる点に現実的価値を認め、」と挿入する。
3 同二五枚目裏一二行目の「前掲乙第九号証」から同二六枚目表九行目の「いわざるを得ない。」までの部分を「前掲乙第九号証から認められる特別災害補償規定(協約六三条)の文言を素直に読む限りにおいては、組合が主張するような解釈をこの規定自体から導き出すことは困難である。しかし、昭和二八年に特別災害補償規定が締結されて以来、会社と組合間に、特に法律論としてその性格が論議されることもなかつたが、毎年労働協約の改定期に補償額の増額が交渉され、協定されてきた経過のなかに、会社側は当然右のような解釈を前提にし、組合もまたこれを是認するような態度で推移してきており、竹内労災裁判が提起されて、改めてその問題が表面化したとき、会社、組合とも(少くとも組合員の多数は)右の解釈をとることを確認し合う結果となつた。しかしながら、組合が組合員の多数の意思に基いて締結した労働協約であつても、組合員個人の有する私法上の権利である損害賠償請求権を会社との協約によつて有効に放棄し得るかどうかは、多分に疑問の存するところであり、しかも、右の解釈は、組合のいう特別災害補償規定の持つ現実的価値を考慮に入れても、なお組合員にとつてある一面では不利益を強いる結果となることを否定できず、もともと多数決の原理になじまないものというべきである。従つて、被控訴人らに対し、右の解釈を受け容れ、これに基いてその言動を規制することを求める前記組合の決議ないし要請は、その妥当性を疑わしめるものといわざるを得ない。」と改める。
二 そこで被控訴人らの賃金等の請求権について判断するに、控訴会社の賃金支給日が毎月二五日であること、被控訴人らに対する本件解雇が無効である場合、両名が支給をうけるべき賃金及び賞与の金額が、前示被控訴人らの当審における付加陳述第4項に記載の額となること、いずれも当事者間に争いがないので、被控訴人山本は昭和五〇年四月二一日以降同五五年一月二〇日までの未払賃金として合計金八八二万〇一二〇円、同期間内の未払賞与として合計金三五三万七一〇〇円及び昭和五五年一月二一日以降毎月二五日限り賃金として月額金一七万二九六〇円の支払を、同浦本は右期間内の未払賃金として合計金八六三万九九八〇円、同じく未払賞与として合計金三四七万五三〇〇円及び右同日以降毎月二五日限り賃金として月額金一七万〇八一〇円の支払を、それぞれ受けるべきものである。
三 次に控訴会社の不法行為の成否について検討する。
1 前掲甲第七号証、第二〇ないし第二二号証、第三三号証、乙第五号証の一、二、第一二号証の一、二、成立に争いのない甲第二七号証、第二九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三五号証、当審(第一回)における被控訴人山本和也本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第三七号証、第三九号証の一ないし六、第四〇、第四一号証、当審証人竹内康雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第一六号証の一、二、当審証人益田正、同竹内康雄、同屋宮健治の各証言並びに前掲被控訴人ら各本人尋問の結果によれば、次のような事実が認められる。
(一) 控訴会社は、前記のように竹内労災裁判が提起されるや、若松工場の職制を通じて機会あるごとに、従業員に対し、裁判の相手方である竹内の遺族は会社の敵であり、従業員は控訴会社の味方をすべきである旨の考え方の徹底をはかり、被控訴人らに対しても、組合員が竹内労災裁判を支援することは労働協約六三条に違反することになるので「守る会」を脱会すべきである旨勧告し、更に前記引用の原判決三、2、(ハ)のとおり労働協約改定交渉の場においても、被控訴人らの竹内労災裁判支援活動を理由に労働協約六三条の改定を拒否し「労働協約とは組合員の代表と会社の代表とが話し合つた結果決定したものであるから、たとえ異議のある者でも組織の一員である以上これに従わなければならない。従つて、補助参加人組合の組合員たる資格を有している限り、協約で定めた特別災害補償額以上に損害賠償の請求をすることに賛成して、竹内労災裁判の支援をすることは会社に対する背信行為であり、また組合の統制を乱すものとして統制処分を受けても苦情は言えない。」旨を主張した。これに対し組合は、一部組合員の言動をもつて、会社が協約改定拒否の理由とすることは許されないと反論したが、控訴会社の容れるところにならず、結局、組合においても何らかの形でこれら組合員の言動につき統制を行う旨を回答し、これに対応して前記引用の原判決三、2、(九)のとおり、昭和五〇年四月一七日被控訴人らは補助参加人組合若松支部との間において、竹内労災裁判の決着がつくまで「守る会」の活動を停止するということで合意したが、控訴会社は、この被控訴人らの自粛に満足せず、更に「「守る会」の活動は停止するが「守る会」はそのまま残すということは、被控訴人らが労働協約に従い信義を尽すと反省したものとは思われない。控訴会社としてはこの問題が正しく解決されない限り協約は締結できない。」旨執拗に主張し、組合に対し協約の改定か否かの選択を迫りながら、右協約改定のためには、被控訴人らが「守る会」を解散するか脱会するかして、竹内労災裁判の支援を全く断念するか、しからざる場合には組合によつて除名を含む統制処分がなされるべきことを示唆していた。
(二) 補助参加人組合としては、前記組合の決議ないし再三の要請に容易に応じない被控訴人らの態度に不満を抱き、一応除名処分をも含む統制処分に付することをもつて警告を発しながらも、事が労災事故で死亡した組合員の遺族の裁判支援に端を発しているところから、敢えて除名処分までは考えていなかつたが、控訴会社の右のような強硬な態度と被控訴人らのかたくななまでに強い姿勢とに、次第に追い詰められ、協約改定をはかるためには統制処分もやむなしと判断し、同年五月一七日遂に除名処分に踏み切つた。
(三) そして、控訴会社は右組合の申し入れに基き、同月一九日午前中に中央労働協議会を開催して、組合から右除名の理由、その経過等を聞き、同日正午頃には被控訴人らの解雇を決定した。
(四) 被控訴人らは、これよりさき右除名処分を受けると、控訴会社が直ちに除名処分を理由に被控訴人らを解雇することをおそれ、福岡地方裁判所小倉支部にあらかじめ解雇を禁止する旨の仮処分を申請し、同月一九日には控訴会社の総務課長竹内康雄、労務係長屋宮健治らの審尋も行われて、同日午後四時頃には被控訴人らに右仮処分の認容決定が告知されていた。そこで、控訴会社本社からの指示を受けた右総務課長竹内らが同日午後九時過ぎ頃、被控訴人らに対し本件解雇の意思表示をしようとした際、被控訴人らから右仮処分決定の発せられていることを告げたが、総務課長竹内らは電話で確認のうえ、控訴会社には未だ右決定の送達がなされていないとして、解雇の告知を行ない、そのまま今日に至つている。
2 以上認定の事実によれば、控訴会社の前記労働協約改定の場における態度は、一応は組合に従前どおりの協約の改定か特別災害補償規定の廃棄かの選択を求めるとしながらも、その改定継続を強く希望する組合に対し、そのための前提条件として、被控訴人らが「守る会」を脱会しその活動を断念するか、しからざる場合には組合によつて何らかの統制処分がなされるかを示唆して、その決断を迫つたものであり、これは前記引用の原判決三、2で認定したとおり、被控訴人らの竹内労災裁判支援の目的、態様が労働者としての究極的な目的に合致し、組合の団結を特に乱さない限度にとどまつていたこと等の事情を考慮したとき、明らかに不当なものであり、本来組合の自主性に委ねられ使用者の関与すべからざる組合の統制処分にまで言及した点、控訴会社の行為は非難を免れないものということができ、しかも、控訴会社のかかる不当な行為が本件除名処分についての一つの有力な動機となつたことは、すでに認定のとおりである。
3 ところで、ユニオン・シヨツプ協定に基く解雇がその前提たる除名処分の無効によつて無効とされる場合、直ちに不法行為を構成することはないが、会社がその除名処分の無効であることをすでに認識し、あるいは十分認識しえたのにこれを看過して解雇を行なつたときなど、その解雇は被解雇者に対する不法行為を構成することがありうる。
そして本件の場合、控訴会社は単に組合からの除名の通告をまつてユニオン・シヨツプ協定による解雇を行なつたというにとどまらず、前記のように控訴会社自身、組合の統制権の行使にまで言及してこれに不当な影響を及ぼし、違法な除名処分を招来したものであり、それに至る経緯も熟知していたものであるから、本件除名処分が客観的に合理性のないものとして無効であり、ひいてはこれに基く解雇の無効も十分に認識しえたものと判断され、もし控訴会社においてその認識がなかつたとすれば過失は免れず、したがつて、控訴会社は被控訴人らに対し右解雇による不法行為責任を免れないものというべきである。
三 そこで、右不法行為に基く損害について判断する。
1 慰藉料
成立に争いのない甲第二八号証、第三〇、第三一号証、第四五、第四六号証、前掲甲第三五号証、前示被控訴人ら各本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第四七ないし第五〇号証によれば、被控訴人らは控訴会社の不当な解雇処分により職場から放逐され、昭和五〇年七月三日地位保全等仮処分決定により賃金の仮払いを受けるようになるまで、約二ケ月間はほとんど収入がなく、社会保険も打ち切られ、精神的には勿論、経済的にも追詰められた生活を余儀なくされたこと、その後、仮処分等により一応賃金、賞与に相当する仮払い金の支給は受けているが、控訴会社は前記仮処分決定により被控訴人らの従業員たるの仮の地位が定められた後も、依然として就労を拒否し続け、被控訴人らはなお将来の生活について不安な日々を送らされていることが認められ、これに前記認定のような本件解雇に至るまでの経過等を併せると、被控訴人らの蒙つた精神的苦痛も想像に難くない。しかし、被控訴人らが前記仮処分あるいは後記するような原判決の仮執行宣言により、いちはやく、完全ではないにしても賃金、賞与等に相当する金額の仮払いを受け、また、本判決の確定等により、少くとも経済面では究極的に被害の回復が期待できることを勘案すると、両名に対する慰藉料はそれぞれ金五〇万円をもつて相当と認める。
2 弁護士費用
前示被控訴人ら各本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは本件訴訟および前記各仮処分事件の遂行を弁護士である被控訴人ら訴訟代理人に委任し、その報酬を支払う約束をしていることが認められるが、本件訴訟の特質、難易度、ことに控訴会社の不法行為に関する部分についての審理の経過、認容額等を考慮すると、控訴会社において賠償すべき弁護士費用は被控訴人らそれぞれにつき金三〇万円とするのが相当である。
四 以上によれば、被控訴人らの本訴請求は、被控訴人らが控訴会社の従業員たる地位を有することの確認を求め、控訴会社に対し、被控訴人山本和也が昭和五〇年四月二一日以降同五五年一月二〇日までの未払賃金八八二万〇一二〇円、未払賞与金三五三万七一〇〇円、慰藉料金五〇万円、弁護士費用金三〇万円の合計金一三一五万七二二〇円と昭和五五年一月二一日以降毎月二五日限り月額金一七万二九六〇円、同浦本憲二が右同期間中の未払賃金八六三万九九八〇円、未払賞与金三四七万五三〇〇円、慰藉料金五〇万円、弁護士費用金三〇万円の合計金一二九一万五二八〇円と前同日以降毎月二五日限り月額金一七万〇八一〇円の各支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべきところ、原判決は一部結論を異にするので、控訴会社の控訴及び被控訴人らの附帯控訴に基き、これを主文掲記のとおり変更することとする。
ところで、控訴会社が原判決の仮執行宣言に基く強制執行により被控訴人らに対し、それぞれ控訴会社の当審における付加陳述第3項に記載のとおりの金額の支払をしたことは当事者間に争いがない。そして右金額のうちには、原判決が被控訴人らに対しそれぞれ認容した慰藉料金一〇〇万円と弁護士費用金五〇万円が含まれているところ、当裁判所は前記のように原判決を一部変更し、被控訴人らの各請求中、それぞれ慰藉料は金五〇万円、弁護士費用は金三〇万円の範囲で認容し、その余を棄却したので、被控訴人らは控訴会社に対しそれぞれ民訴法一九八条二項により、右棄却にかかる各金七〇万円を返還すべき義務がある。従つて、控訴会社の原判決仮執行宣言に基く給付の返還請求は、右の範囲で正当であるからこれを認容し、その余の申立は失当としてこれを棄却することとする。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、九四条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢頭直哉 権藤義臣 小長光馨一)